Before the Green Moon

人類が月に移住し始めてからしばらく経ち、月を拠点とする巨大企業が地球上の土地や仕事を隅々まで管理するようになった世界で、主人公は月移住資金を稼ぐため、軌道エレベーター直下の集落で農業を始める。
この舞台設定に惹かれ、思わずゲームを試してみようと思った。こういったファーミングシミュレーターは、都会の喧騒を離れ、偶然相続した地方の土地で気ままな農業を営むという物語が多いが、正直なところそういう設定にあまり共感できなかった。こんなに都合よく現実逃避できる場所が存在するとは思えない。もちろん、ゲームなら設定としてあっても良いんだけど。
通常、最初は地元の人々との交流を避ける主人公が、次第に心を開いて地元に溶け込んでいくという話はよく見受けられるが、本作では、主人公がいつか月へ行くことが皆に知られているという設定から始まるため、奇妙な立場からのロールプレイが展開され、すごい興味深かった。
そもそもの目的は早々に資金を貯め月へ行くことであるため、コミュニティへの帰属意識や近隣の人々と親しくなる必要はないはず。しかし、月やこの世界についても知りたいという欲求から、プレイヤーはこの土地の人々と交流せざるを得なくなる。その結果、最終的に月に移住する際には、コミュニティの人々を裏切るような気持ちになってしまう。気持ちの良い感情ではないが、特殊な体験をしているようで妙な没入感があった。
月という超巨大都市と直通便がある地方の集落という設定は、田舎でありながら孤立しているわけではなく、人の行き交いも多いという絶妙なバランスが、個人的に惹かれた部分だった。どんなに都会の喧騒から逃げ出しても、巨大国際企業のネットワークから完全に切り離されるのは、仕事や生活のことを考えれば現実的ではない。その中でもみんな適度に権力に取り込まれながら、できる限りプライベートな生活の自由を追求している様子がリアルで、現代の管理社会的なディストピア(もしかしたらユートピアかも)という印象を受けた。
こうした社会での生活を象徴しているのが、Pony と Marshal, Marie夫妻であると感じた。これら二組に直接の関係はないが、Ponyは現役世代、MM夫妻は半引退世代として、こうした社会での生活がどういうものかを説明する役割を担っているように思える。
物語自体は少人数開発(実質2人)のためテキスト量は多くなく、世界観も断片的にしか語られず、読み手の努力が必要かもしれない。しかし、この世界にも様々な人々がおり、悩みを抱えながらも何とかやっていっているという説得力が十分に感じられた。
個人的には Int 関連の話が最も面白かった。この世界の謎に少しだけ迫る内容もあったが、単純に Int のキャラクターが好きだった。いわゆる自閉傾向があり、特別な才能を持つというありふれたキャラクター設定だけど、そうした才能に関係なく、Elvis や Pony に自然に受け入れられている感じが良かった。実際、Elvis が非常に頑張っていた気もするが、なぜあんなに頑張っていたのかは、Elvis とのイベントを進めれば明らかになるのだろうか。初回では Pony とのイベントを進めてしまったため、その真相を知ることができなかった。
このゲームの物語の根本的な問いは「そこまでして月に行きたいのか?」という点にあると思う。NPCとの関係性においてその選択の難しさを十分に味わった。しかし、プレイヤーがエンディングを見たいために地上を離れるという展開には、少し不思議な印象を受けた。つまり、ゲームとしては「そこまでしてお前はゲームをクリアしたいのか?」と問いかけられているようで。