SCE_2
都合よく抽象化された世界で問題解決の真似事をしていたい
ティアーズオブキングダムをやっているときに、すごくしょうもないんだけど、「大学で修士号や博士号を取った人間が、仕事上の諸々めんどくさいことや、自分の昇進や成長のことを考えながら、様々な経営判断や企画会議を経たうえで、このゲームをプレイヤーにどういう風に遊んでほしいかを考えて作っているんだな」と思ったときに、急に冷める感覚というか、別に自分はここにいてゲームをしている必要なんてないんだよなという当たり前のことを強烈に思い出されてしまった。
実際はティアキンをやる前から、「このゲームを作った人間の住む世界と自分の生きている現実ってなんか関係あるんだろうか」みたいなことはずっと頭から離れなくて、そのせいもあってゲームをやっているときはあえてメカニズムの解明のみに集中することで、「自分はそういう自己満足のためにやっているだけなんだ」と言い聞かせていたけど、「結局自分の人生に何か起きるのを期待して、ずっとゲームから離れらないだけなんじゃないの?」という問いかけから逃げようとしていただけだったのかもしれない。
昔ほど外から人生の目的や価値観を押し付けられることが少なくなった現代では、「自分は本当は何がしたいのか?」を考える時間なんて履いて捨てるほどあるし、こんな悩み自体がもう陳腐化しているのに、どうしていつまでもこんなことにかかずらわなくちゃいけないのか、もっとシンプルな世界で生きていたい、都合よく抽象化された世界で問題解決の真似事をしていたい。
ここで急にこのゲームの話になるけど、ゲームをゲームのまま、ないしただの一つの物語として消費されたくないという願望に真剣に向き合っててすごいと思ったし、そういう視点がリクケイを通して語られる一方で、「そんなことできるわけないじゃん」という現実が「女の子」を介して突きつけられる、そんな葛藤が解決しないまま終わるのが個人的にはすごく正確な人間の心理だなと思った。
なんというか、自分が「もうそんなの考えてたく無いんだよ」と思って脳の隅にしまい込んでいたこと引っ張り出された感じで。
本当はこのサイトも、ただ感想を書くだけではなくて、自分が言いたいことを無理やり作り出して、それを文章で出来る限り正確に表現する方法を考える練習をしたいと思って始めたところがあるけど、最近忘れ始めていた。
あと、どうでもいいことかもしれないけど、「SCE_2」とか「さんざか」のキャラがいかにもなしゃべり方するのは意味が分かるけど、「女の子」側のテキストというかしゃべり方もすごくゲームっぽい感じなのがどうしてなんだろう。
こういう文体、といっても全然詳しくないけど、何が元ネタなんだろ、吾妻ひでお?